KAMI VIBES 読みもの(よみもの)占っ(うらなっ)てみる

BEFORE THE STORY

昔(むかし)の人(ひと)は、
何(なに)をつなげようとした?

神様(かみさま)、土地(とち)、家族(かぞく)、そして国(くに)の始まり(はじまり)。
ばらばらに見える(みえる)話(はなし)が、実は(じつは)つながっているんだ。

古事記(こじき)は、どんな本(ほん)?

古事記(こじき)がまとまったのは712年(ねん)。上巻(じょうかん)・中巻(ちゅうかん)・下巻(げかん)の三つ(みっつ)に分かれ(わかれ)ていて、世界(せかい)の始まり(はじまり)から、神様(かみさま)、天皇(てんのう)とその家族(かぞく)の話(はなし)へ進む(すすむ)よ。本(ほん)の最初(さいしょ)の説明(せつめい)文(ぶん)には、稗田阿礼(ひえだのあれ)が伝え(つたえ)た内容(ないよう)を太安万侶(おおのやすまろ)が書きとめ(かきとめ)、元明天皇(げんめいてんのう)に差し出し(さしだし)たと書か(かか)れているんだ。名前(なまえ)は難しい(むずかしい)けど、ふりがなを見(み)ながら読め(よめ)ば大丈夫(だいじょうぶ)!

いろいろな家(いえ)に伝わる(つたわる)話(はなし)を集め(あつめ)て、天皇(てんのう)を中心(ちゅうしん)に国(くに)の始まり(はじまり)を語る(かたる)。それが大事(だいじ)な目的(もくてき)の一つ(ひとつ)だったんだ。神様(かみさま)の話(はなし)も、ただのおまけじゃないよ。天皇(てんのう)や「氏族(しぞく)」と呼ば(よば)れる一族(いちぞく)の始まり(はじまり)へ、ちゃんとつながっているんだね。

古事記(こじき)と日本書紀(にほんしょき)は、同じ(おなじ)本(ほん)ではない。

よく「古事記(こじき)は国内(こくない)向け(むけ)、日本書紀(にほんしょき)は対外(たいがい)向け(むけ)」と言わ(いわ)れるよ。対外(たいがい)向け(むけ)は、外国(がいこく)からの見え(みえ)方(かた)も意識(いしき)する、ということ。二つ(ふたつ)の本(ほん)の特徴(とくちょう)をつかむヒントになるね。ただ、読ん(よん)でほしい相手(あいて)や目的(もくてき)が、きっぱり二つ(ふたつ)に分かれ(わかれ)ていたわけではないよ。

712 / KOJIKI

古事記(こじき)

王(おう)の家(いえ)や一族(いちぞく)の始まり(はじまり)を、神様(かみさま)から続く(つづく)物語(ものがたり)として語る(かたる)本(ほん)だよ。日本語(にほんご)の音(おと)や言葉(ことば)を漢字(かんじ)で表す(あらわす)工夫(くふう)があって、歌(うた)も入っ(はいっ)ているんだ。

この読み(よみ)ものの、本編(ほんぺん)のベース。
720 / NIHON SHOKI

日本書紀(にほんしょき)

中国(ちゅうごく)の言葉(ことば)の書き方(かきかた)・漢文(かんぶん)を使い(つかい)、中国(ちゅうごく)の歴史(れきし)書(しょ)も意識(いしき)してまとめた、国(くに)の正式(せいしき)な歴史(れきし)書(しょ)だよ。外国(がいこく)への見せ(みせ)方(かた)も意識(いしき)しているんだ。神様(かみさま)の時代(じだい)の話(はなし)では、違う(ちがう)伝え(つたえ)方(かた)も並べ(ならべ)て残し(のこし)ているよ。

違い(ちがい)を紹介(しょうかい)するときは、補足(ほそく)に分ける(わける)。

どちらも、この国(くに)をどう伝える(つたえる)かを考え(かんがえ)ている本(ほん)なんだ。「こっちは内(うち)だけ、あっちは外(そと)だけ」「日本書紀(にほんしょき)は、古事記(こじき)を詳しく(くわしく)しただけ」とは決め(きめ)ず、それぞれの工夫(くふう)を見(み)てみよう。

神話(しんわ)と歴史(れきし)は、どう違う(ちがう)?

神話(しんわ)は、昔(むかし)の人(ひと)が世界(せかい)や自分(じぶん)たちの始まり(はじまり)を、どう語っ(かたっ)たかを伝える(つたえる)よ。一方(いっぽう)、歴史(れきし)の研究(けんきゅう)では、書か(かか)れた資料(しりょう)や遺跡(いせき)を比べ(くらべ)て、本当に(ほんとうに)何(なに)が起き(おき)たかを確かめる(たしかめる)んだ。物語(ものがたり)に書い(かい)てあることが、全部(ぜんぶ)そのまま確認(かくにん)できているわけではないよ。

それでも、神社(じんじゃ)の名前(なまえ)やお祭り(まつり)には、長く(ながく)受け継が(うけつが)れた話(はなし)が残っ(のこっ)ているよ。神様(かみさま)を一柱(ひとはしら)知る(しる)と、「近所(きんじょ)のあそこにも、つながってる!」と気づく(きづく)かも。いつもの景色(けしき)に物語(ものがたり)が増える(ふえる)って、ちょっと楽しい(たのしい)よね。

THE CONNECTIONS

天(てん)から地上(ちじょう)へ。
家族(かぞく)でたどる、長い(ながい)道(みち)。

古事記(こじき)が語る(かたる)系譜(けいふ)の、主(おも)なつながりです。
ニニギから、すぐに神武天皇(じんむてんのう)になるわけではありません。

  1. 01
    アマテラス天(てん)を治める(おさめる)神様(かみさま)
    子(こ)へ ↓
  2. 02
    オシホミミアマテラスの子(こ)
    子(こ)へ ↓
  3. 03
    ニニギ山の神(やまのかみ)の娘(むすめ)・コノハナノサクヤヒメと結ば(むすば)れる
    子(こ)へ ↓
  4. 04
    ホオリ(山幸彦(やまさちひこ))海(うみ)の神(かみ)の娘(むすめ)・トヨタマヒメと結ば(むすば)れる
    子(こ)へ ↓
  5. 05
    ウガヤフキアエズ海(うみ)の神(かみ)の娘(むすめ)・タマヨリビメと結ば(むすば)れる
    子(こ)へ ↓
  6. 06
    カムヤマトイワレビコ後(ご)の呼び名(よびな)は、神武天皇(じんむてんのう)

主(おも)な親子(おやこ)関係(かんけい)を抜き出し(ぬきだし)た図(ず)です。神話(しんわ)として語ら(かたら)れる系譜(けいふ)と、歴史(れきし)学(がく)で確かめ(たしかめ)られる系譜(けいふ)は区別(くべつ)して読み(よみ)ます。

占い(うらない)から、神様(かみさま)の物語(ものがたり)へ。

名前(なまえ)を知る(しる)。家族(かぞく)をたどる。失敗(しっぱい)や挑戦(ちょうせん)に、自分(じぶん)を重ねる(かさねる)。子ども(こども)も大人(おとな)も、古事記(こじき)や日本(にっぽん)の文化(ぶんか)を気軽(きがる)に知れる(しれる)入口(いりぐち)にしたい。それが、この読みもの(よみもの)をつくる思い(おもい)です。

神様(かみさま)だって、やらかす。今(いま)の自分(じぶん)と読む(よむ)古事記(こじき) ↗

この読み(よみ)ものの、つくり方(かた)。

  • 本編(ほんぺん)は古事記(こじき)にそろえる。日本書紀(にほんしょき)の別伝(べつでん)や、後(ご)の時代(じだい)の信仰(しんこう)は、出典(しゅってん)を分け(わけ)て補足(ほそく)します。
  • 短く(みじかく)しても、つながりは切ら(きら)ない。出来事(できごと)の順序(じゅんじょ)と、誰(だれ)が何(なに)をしたために次(つぎ)が起き(おき)たかを残し(のこし)ます。長い(ながい)系譜(けいふ)や一部(いちぶ)の場面(ばめん)は省略(しょうりゃく)し、各(かく)話(はなし)に記し(しるし)ます。
  • 心(こころ)の中(なか)を、勝手(かって)に決め(きめ)ない。原典(げんてん)が語ら(かたら)ない動機(どうき)や性格(せいかく)は断定(だんてい)しません。現代(げんだい)の読み方(よみかた)は「読み方(よみかた)の一つ(ひとつ)」と分け(わけ)ます。
  • 自分(じぶん)の言葉(ことば)で、やさしく語る(かたる)。現代語訳(げんだいごやく)の転載(てんさい)ではなく、このサイト独自(どくじ)の再話(さいわ)です。神名(しんめい)は読み(よみ)やすいカタカナも使い(つかい)ます。
  • 神社(じんじゃ)は、それぞれの顔ぶれ(かおぶれ)を見る(みる)。神社(じんじゃ)名(な)から御祭神(ごさいじん)を決め(きめ)ず、その社(しゃ)の案内(あんない)・由緒(ゆいしょ)を確かめ(たしかめ)ます。複数(ふくすう)の御祭神(ごさいじん)を、一柱(ひとはしら)に置き換え(おきかえ)ません。

本編(ほんぺん)は初代(しょだい)天皇(てんのう)へのつながりをたどる13話(わ)です。古事記(こじき)全(ちょん)三巻(さんかん)の全訳(ぜんやく)ではありません。神様(かみさま)の象徴(しょうちょう)イラストも、この読みもの(よみもの)のための図案(ずあん)です。

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